じょんするめ

イイムラヒロキより。

parcel post from NY

いま、すごく楽しみにしていることがあります。

荷物が送られてくるのを、待っているんです。

 

どんな荷物を待っているのかというと、それはまだ内緒にしておきます。

届いたら教えますね。

 

 

 

海外にほしいものがあったので、それを取り寄せることにしたんです。

初めての経験だからとってもウキウキしています。

 

松浦弥太郎さんの昔のエッセイにも同じような描写がありました。

彼の友人が(確か)イギリスにいて、友人が時折プレゼントを送ってくれるのだとか。

どこか遠くから、何かが届くということは、いつの時代でも共通した喜びがあるのかもしれません。瓶に手紙を入れて海に放つような。

 

だいたい一週間程度で届くみたいです。

中には僕がこの1年間くらいずっと探し求めていたものが入っているはずです。

いまも運ばれているそのモノのことを思うと、期待が溢れ出して止まりません。

 

早く届かないかなぁ。

 

 

 

寝付けない時の眠り方

眠れない夜を経験したことのない人は恐らくいないだろう。そして多くの人がそれをすごく不快というか、厄介だと思ってるに違いない。そして、お母さんから教わったり、ネットで調べたりして眠れるようになる術を持ってるに違いない。

今回は、僕が眠れない夜にやってることを紹介したいと思う。ささやかだけど、役に立ってくれることを祈っている。

全部で4つある。
①GABAチョコを食べる
②深呼吸する
③眠らなくても大丈夫だと思い込む
④小学校の通学路を思い出す

1つずつ紹介しよう。

①GABAチョコを食べる
これは大学の友達に教わったことなんだけど、GABAチョコを食べると熟睡できるらしい。目安は4粒くらいだそう。半信半疑になりつつ、時々試してみるけど意外と眠れると思う。
ネットで調べた情報によると

GABAは正式名称をγ(ガンマ)- アミノ酪酸という、アミノ酸の一種です。英語のGamma-Amino Butyric Acidの頭文字を取り、一般にGABA(ギャバ)と略称されています。

ギャバには、気持ちを落ち着かせる「抗ストレス作用」があります。

だそう。軽く調べただけなので情報は鵜呑みにしないでほしいけれど信じれば効果はあると思う。プラシーボ効果で。やってみる価値はあるかと。

眠れないあなたへ・・就寝前のGABAチョコがおすすめ! - NAVER まとめ


②深呼吸する
これは何かの本で読んだのですが、呼吸の仕方で副交感神経が優位になりリラックスしてよく眠れることがあるらしい。で、その呼吸の仕方というのは、息をゆーっくり吐くというものだ。息を吸う時に交感神経が、吐く時に副交感神経が活発になるなることから、今回は副交感神経を優位にしたいので吐く方をゆっくり行ってほしい。
だんだんリラックスしてよく眠れるはず。
自律神経、呼吸法で調整 | 大和薬品株式会社


③眠らなくても大丈夫だと思い込む
これは気の持ちようの問題で、寝るときは寝よう寝ようとばかりしてしまい逆に目が冴えてくることがよくある。だからむしろ眠らなくてもいいや、と考えるのだ。ウェブで読んだのだけれど、目を閉じでリラックスしてるだけで睡眠時の7割程度の効果があるらしい。これも信頼できる情報かどうかは分からない。でもこう思ってると自然に眠りに落ちていたことがかなり多かった。だから是非試してみてほしい。


④小学校の通学路を思い出す
これはおまじないみたいなもので、小学生の時の通学路を家から学校まで辿っていくのだ。なるべく細かくどこに何があったかまで思い出してほしい。まあ、おまじないだけど。



というわけで寝付けない時の眠り方を紹介してみた。世界中の眠れないときのやり過ごし方を集めたら面白いだろうな〜と思いつつ、今日はさよならします。それでは、よい夜を。

龍角散の飴

龍角散、匂いが好きじゃない」

渋谷のTSUTAYAの下のスタバで待ち合わせたとき、そう言われた。ちょうど舐めてたのだ。


僕は龍角散の飴はかなり好きだ。冬になると風邪を引いてよく食べるようになるから、僕の中では冬の代名詞になっているくらいである。

幼い頃、父親が食べていたときは僕も嫌いだったが、気づくと僕もその魅力に気付いてしまった。変な匂いがクセになるのだ。


だから僕はこの薬っぽい味がいかに素晴らしいか、ほかの食品も例に挙げつつ力説した。
龍角散は19種類のハーブを独自の比率で配合している、すごく稀有な商品なんだよ。例えるならドクターペッパー。普通の飴をコーラとすると、龍角散ドクターペッパーのようなコクと奥深さ、それに独特のリズムがあるんだよ」
しかし力説も虚しく「ドクターペッパーも好きじゃない」と一蹴されてしまった。うーん。


どうやら彼女に取って龍角散は「喉が痛いときに我慢して食べるもの」らしい。だから積極的に食べるようなことはしない。見解の相違だ。



といいつつ、その日の最後には彼女は龍角散を食べることになった。
「なんだか喉が痛いから1つくれるかしら」
喜んで1つあげた。

ちょうどそれは別れのタイミングだったから、僕は帰りの電車で彼女が苦手な味のする飴を頑張って食べているところを想像しながら帰ることができた。いつもより愉快な帰り道になった。

石を蹴る

学校帰りに石を蹴ったことないだろうか。
少なくとも僕はあるんだけど。
小学校、友達と下校中、ふと見つけた石を蹴った。時には「これずっと蹴れたやつ勝ちな!」と友達に宣言しながら蹴り始めた。

一つのものを蹴り続けるという行為を、ぼくは結構気に入っていた。時々車道に出そうになったり、溝に入りそうになったりしながら、コツコツと石を蹴る。あの感じ。「ささやかな」の意味を知った気がする。

でも肝心のラストを思い出せない。あの石どこ行ったんだっけ?多分家にはたどり着けなかった。記憶がない。恐らくだけど、どこかの溝に入りリタイアしたか、砂利道に入って石がわかんなくなっちゃったかのどちらかだと思う。まあ、ラストは忘れちゃう方が毎回楽しめていいとおもう。


ただ、僕は小学校六年生くらいのときに石蹴りをやめてしまった。ささやかな楽しみだったのに、やめるを余儀なくされたのだ。
というのも、一つ、怖い話を聞いたからだった。
概略を述べると、
ある少年が石を持って帰るとその日から悪いことがたくさん起こるようになり、どうやらその原因は石にあるらしいと分かった。調べてみると実はその石は元々墓石だったということがわかった。元の位置に戻して供養した結果悪いことは起こらなくなった、という話だった。
その話を聞いて怖くなった僕は、その日から一切の石を蹴ることをやめた。素直な少年なのだ。


いま僕は22歳になり石を蹴っていた頃のことを忘れていたのだけど、こないだふと思い出すようなことがあった。

向こうから幼稚園生くらいの子が、母親と歩いてきたのだ。彼は何かを蹴っていた。
僕はとっさにあの話を思い出したけれど、よくみると彼が蹴っていたのは雪玉だった。
僕は何となくにやっとして、心の中で彼に雪でよかったね、と話しかけたのだった。

「お酒は好き?」という質問に対する違和感

この間、内定先の集まりがあった。
その際に他の内定者2名と人事1名で昼食を食べた。会社のお金で落ちるわけだが、一応気を遣って人事より高いものは避け、安めのものを食べようと思った(結局人事と同じものになった)。



それで、白身魚のムニエル的なものを食べ、食後のデザートも食べ終えコーヒーを飲んでいる時、こういう質問をされた。
「みなさん、お酒は好きですか?」
その時、僕の中にモヤモヤが広がってきたのだった。お酒が好きって表現はなんか答えづらいなぁと。



しかしながらこういう表現はしばしば見られると思う。例えば、出会い系アプリのプロフィール画面で見かけたことがある。友人に誘われて短い間だけやったことがあるのだけれど、その際に女性のプロフィールに「お酒好き!美味しいとこ連れてって!」と書かれているところを見た。あとはチャラい友達のインスタにも書いてある気がする。
でも僕の中では釈然としない。「ビールが好き」ならしっくりくる。そこで僕は「お酒が好き」と「ビールが好き」の間に何があるのか考えてみた。するとこういう仮説が立ったのだ。



それは「『お酒が好き』は具体性がなさすぎる説」である。この件を考えるにあたって同じ関係性にあるものを挙げた。「炭酸飲料とコーラ」「お昼ごはんとチャーハン」「甘いものとコアラのマーチ」等々。
「お昼ごはん好き!」はやはり日本語がおかしいと思うし、「炭酸飲料好き!」もやはりしっくりこない。でも「コーラ好き!」はかなり自然な表現だ。


これはきっと「好きな食べ物は何か」という問いに適した抽象度のものを選ばなきゃいけなくて、「コーラ」「チャーハン」はいいけれど「炭酸飲料」では答えが広すぎる(抽象的すぎる)。 ゆえに、飲み物の話を期待している時は「お酒好き?」では抽象度が高すぎてしまい不自然で、「ビール好き?」程度になってくるとフィットする。


だから「お酒すき?」はアルコールが好きかどうかを聞いてるわけじゃなくて「飲み会に参加することは好き?」ということを聞きたいのである。
そういう風に脳内ですり替えてあげることで僕のモヤモヤは晴れることだと思う。




ちなみに僕は飲み会は割と好きだけど、アルコールに弱いので直感的に良いイメージはないかな。
友達んちで明け方までダラダラ喋ってんのが一番好き。

お休み

今日の分の更新は体調がしんどいのでお休みします。すみません。

低脂肪乳ではなく牛乳を買うべきだ、ということを主張するために浪費された文字群

昨日、スーパーに牛乳を買いに行った。一人暮らしをすると分かるけれど、意外と牛乳って高い。1リットル170円くらいする。よっぽどコーラとかの方が安い。でも僕は牛乳を必要としていたのでやむなく少し高いお金を払って買った。安い低脂肪乳や調整乳ではダメなのだ。高い金を払わなきゃいけないってのはマイナスポイントだ。しかし逆に言えば、牛乳の良いところはその独自性にあると思うんだけどどうだろう?つまり、牛乳は牛乳でしかありえないということだ。代替不可能。アイデンティティの確立。何とでも言える。例えば、コーラを飲みたいときってぶっちゃけ炭酸ならなんでも良い。三ツ矢サイダーでもファンタでもドクターペッパーでもまあ一応妥協できると思う。しかし、牛乳を必要とするときそれは牛乳でなければいけない。カフェオレを作るとき、牛乳の代わりに低脂肪乳やら豆乳やらを入れられたら全く違うものになってしまう。それはカフェオレじゃない。全然美味しくない。あくまでそれは僕の好みの問題なのだと思う。僕はコーラに対しては懐が深く、牛乳に対しては妥協ならない。一方で牛乳でも低脂肪乳でもいいからコーラはコカコーラを飲ませろって人もいるんだろう。オーケー。確かにそれは起こりうる事態だ。だけど好みの分布的に、圧倒的に多数なのは低脂肪乳を許さない派の人間なのではないだろうか。少なくとも僕の周りはそうだ。唯一違った人がいた。それは僕の母だ。実家で暮らしていた中のある期間、母は節約のため安い低脂肪乳を買って来たのだ。反抗期のない子供だった僕もこれにはブチギレた。「これは牛乳じゃない!!!」そう叫んで三日三晩外を歩きまわり家に帰らなかった。妹は崩れかけた家庭を守るために、母には牛乳を買うよう促し(妹も反低脂肪乳なのだ)僕には家に帰ってくるようメールして来た。僕はそろそろ家に帰ってシャワーを浴び髭を剃りたくなったので家に帰ることになったというわけだ。それ以来僕は低脂肪乳を飲んでいない。もちろん、結婚相手にもそれを求める。朝食に低脂肪乳は許さない。


長々と書き散らして来たのだけれど、結局のところぼくが言いたかったことは一つだけだ。低脂肪乳ではなく牛乳を飲みたい。そのために少しくらい高い金を払ったって構わないじゃないか。