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じょんするめ

いろんな記事を気まぐれに書きます。イイムラヒロキが書いてます。Twitter:https://mobile.twitter.com/basket_ittsu

闇金ウシジマくんをちゃんと楽しみたい

闇金ウシジマくんを読んだことはありますか?

実写映画化で有名になったから知ってるかもしれないけれど、人にお金を貸し付ける闇金の社長とそれに関わる堕落した人々の(ほとんどが)暗い話だ。

基本的に鬱になるような話ばかりなのだけれど、僕はどうしてもこれを無関係なものとして笑い飛ばせない。多分人によっては「こんなんおれには関係ないし」「エンタメとしておもしろいじゃん」と思ったりするのだろうが、僕は、ダメだ、ぜんぜん笑えん。

だってどこかで自分と繋がっていると思ってしまうから。自分もそうなっている可能性だってあるじゃないか。

自分たちが今立っているその場所って、頑丈で決して失われないものだってみんな考えてると思う。僕もその感覚はわかる。
でも、案外簡単に、例えば雨が降ったりするだけでガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまったり、もしくはツルッと足を滑らせて真っ逆さまに落ちてしまうかも知れない。
僕が言いたいのはこういうことは想像以上に簡単に起こるんじゃないかってことだ。
そうしたら今いるところに戻ってくるイメージがつかない。こわい。とてもこわいこと。

そういう可能性が頭のどこかにあって、僕はどこか自分の生活を信用しきれていない。
いままでも比較的楽しく暮らしてきてて、幸せだと感じる時も結構あるんだけど、厭な予感みたいのが時々僕の後ろをヒタヒタとついてきてる気がして安心しきれない。お前はいつでも落ちる可能性を含んでるんだぞ、と囁く。

抽象的になってきちゃったのでやめる。


そうはいっても、ご飯食べてる時とか楽しい時は全く忘れてるんで、ぜんぜん問題ない。根は楽観主義者なので、気楽に構えて生きようとしてる。

結局言いたいことは、闇金ウシジマくんをちゃんと楽しみたいな、ってことです。よいしょ!

石橋を叩いて渡る

「石橋を叩いて渡る」ということわざがあります。みなさんご存知の通り、入念に準備をしなさいね、という意味ですよね。

ところで、石橋って見たことありますか?
ウィキペディアで調べたら、日本にあるすべての石橋の数を合わせると46個になりました。
あっ、すみません嘘です。
正確には、石橋の数え方は「本」なので、正しくは46本です。謹んでお詫びします。

さて、僕は石橋を叩いて渡るタイプかと言われると、「昔は叩いてました」というのが一番しっくりきます。
実は僕は小学生の頃に、石橋くんというクラスメイトにいじめられていて、とても彼を憎んでいました。なので、一学期の終業式の日に一念発起して、日本中の石橋にやり返してやろうと思い、全国46本の石橋を叩いて渡る行脚に出ることにしたのです。
それはそれはもう大変な苦労の伴う旅でした。石橋を叩くための鈍器は、大きく分厚く重くそして大雑把すぎたため、「石橋殺し」と呼ばれるに至りました。300kgの荷物を持ちながら日本中を歩いて回るのは文字通り骨の折れることだったと記憶しています。

夏休みをまるまる費やし、全ての石橋を叩いて渡り終えた僕は以前とは見違えるほどの立派な体つきになっていました。夏休み明けの、まだ少し浮かれた気分が漂う始業式の日に久しぶりに登校しました。すると、僕をいじめていた石橋くんは、僕の異形とも言える筋繊維の集まった肉体を一目見るや否や何処かに行ってしまいました。
それ以降、僕がいじめられることはなくなりましたとさ。

というのが僕の石橋を叩いて渡るエピソードです。ちなみに夏場に石橋を叩くととてもいい音が鳴るんですよ。試してみてくださいね。

春の雨

こんばんは、もしくはおはようございます。
今日は僕の住んでいるところでは雨の予報です。

最近寒さが和らいできてとてもありがたいのですが、春でも雨が降ると急に寒くなってしまって参っちゃいますね。春の雨というと、なんとなく桜が散っている様子がイメージとして頭の中を流れて行きます。みなさんはどんなイメージを持っているのでしょうか?

そして、僕の中ではもう一つ強烈なイメージがパッと思い起こされます。それは「永谷園の麻婆春雨」のCMです。今はこれを書いていますが、一方脳内で和田アキ子が「ながたにえんのーまーぼーはるさめ〜」と歌っています。延々と歌うのをやめないのですこし困っています。

これを書くにあたって永谷園の麻婆春雨のCMを見てみたのですが、驚きました。もう和田アキ子はCMに出ていないんですね。じゃあ一体誰が出ているのかというと、玉木宏さんとお相撲さんの照ノ富士関、それと小島瑠璃子さんでした。玉木宏さんは豪快に春雨をすすっていましたし、照ノ富士関も美味しそうな顔をしてご飯を食べてました。小島瑠璃子さんは調理をしてくれていました。

でも実際のところ玉木宏さんは麻婆春雨なんて食べなさそうだし、照ノ富士関もお相撲さんなのできっと春雨は食べないだろうなと思いました。小島瑠璃子さんだけ、不思議と春雨に似合っていたので、僕は小島瑠璃子さんにあと三十年くらい出演し続けてほしいですね。いやそれにしてもこうやってジェネレーションギャップって生まれるんですね。とたんに老けた気分になります。


ちなみに僕はむかし麻婆春雨が好きではありませんでした。が、高校生の時に突然美味しく食べれるようになりました。大人になりました。

第一志望の企業に落ちてしまいました(会社の名前は書いていません)

突然ですが、第一志望の会社の選考に落ちました。

自分でも早すぎてびっくりしているので、もう一回言います。

第一志望の会社に落ちました。

あ、もちろん会社の名前は言いません。

経緯はとてもシンプルで、早いうちから選考がスタートしていたのですが、ESの次にSPIとレポートの選考があり、そこであっさり落ちてしまいました。

本気でがっかりしています。とても悲しい。こんなに落ち込んだのは久々です。気づいた人はいないと思いますが、なるべく悲しみを周囲に見せないように強がっているので、テンションはいつもより高く見えていることでしょう。その知らせから一週間近く経ちましたが、未だにそれを思い出して、橋の上でジャックパーセルをきちんと並べ、眼下の高さに怖じ気付き、思いとどまって靴を履き直して家に帰ることが習慣になりました。
また、落ちてからきのこ帝国を聴くようになりました。好きな曲は「春と修羅」です。

今日は、気持ちの整理と戒めのためにこの文章を書いています。


原因と改善点を書きます。
原因は、「他のルートの選考があるだろうと勘違いしていたこと」です。2パターンの選考コースがあったので、早い選考と遅い選考の両方受けれると思い込んでいました。しかし、そうではありませんでした。人生はワンチャンスでした。気づいたときにはもう手遅れで、僕は、落ちてました。
他ルートの選考があるという思い込みは、僕に準備の甘さを招きました。さらに、「おれ高学歴だしSPIじゃ落ちへんやろ」と少したかをくくっていました。くそ天狗野郎ですね。故に、SPI対策もろくにせず、それで落ちています。高須クリニックで鼻削ってもらえよアホ。
レポートに関しては、自分の好きなように書きすぎてしまったことがいけないと思っています。会社側の期待は分かっていましたが、それに沿うことは全く面白くないと考えて自分の好きなように、書きました。でも、おそらく実現性が無く、会社の方針軸から外れた僕の論文は、バカの考えた文章だとその目には映ったのでしょう。
ええ、僕はバカです。
もしくは、文章力のないサルです。


今後の解決策。ESやレポートに関しては、自分の、「完全に好きなように書く」という方針を曲げ、会社の好きそうなことに多少は寄せていくことを決めました。負け試合じゃ楽しくありません。結局会社の求めることをしなけりゃ勝てない。だから、自由さとか個性を求める会社だったら思いっきりヤバいこと書きます。でも大半はそうじゃない。悔しいけど、落ちるのは辛いので白旗をあげます。
特にESに関しては、設問を通して何を問うているのかを深く考えないと的外れの回答をしてしまいます。もし、頑張ったことを聞かれているのなら、自分の強みの顕れたエピソードを書いてアピールしなきゃダメですもんね。もう、祈るのは神様仏様だけで十分。頑張ります。
SPIに関しても、それなりに勉強をします。天狗の鼻の高さは、親に謝罪されるほどの元の低さに戻りました。

もう大丈夫。お尻の砂も払いました。

つらつらと反省ばかり書いてきましたが、自分の中で曲げないものはあります。
一つは、「媚びない」こと。あとは、「嘘をつかない」こと。
レポートの内容を会社の期待に寄せていくことは媚びじゃないの?
「それはそれ、これはこれ」です。

もし、どこにも内定がもらえなかったら、僕はアメリカかイングランドに行って適当に暮らそうと、楽観的に捉えるように頑張っています。
今日も気丈に振る舞います。

多分、就活生の皆さんの中にも同じように感じてる人が少数ですが、いるはずです。不器用には生きづらい世の中だと思いますが、死ななきゃなんとかなります。しぶとく生きていきましょうね。

僕の記事を読んで、「バカか」と思っている人たち、あなたたちは正しいです。そのまま、ミルミルでも飲んですくすくと成長して下さい。きっと良い会社に入れますよ。


イイムラヒロキが悲しみをお伝えしました。

ヒゲを生やしたい

こんにちは。今日もいい天気ですね。
にもかかわらず、今日も僕はヒゲが生えません。

ところで、あなたはヒゲが好きですか?
僕はそんなに好きじゃないです。そり損ねると切れて痛いし、時々色白の顔に青っぽく残ってしまう。少し伸びたらじょりじょりするし、伸びすぎたら不潔だから。

でも、ヒゲを生やしてみたいとは思います。僕にとって、ヒゲはかっこいい大人のシンボルで身の回りの見習いたいかっこいい大人たちはヒゲを生やしている。あと、読んでてかっこいいと感じる雑誌にも、ヒゲを生やしている人が多いので、僕がシティボーイになるためにはヒゲが必須です。

ですが、僕はヒゲがほとんど生えません。以前、ロシアに二週間くらい滞在していた時にせっかくだからヒゲを剃らずにそのままにしていたのに結局あごひげは1センチも生えませんでした。

父もそれなりに生えていたと記憶しているんだけどなぁ。ちなみに母は生えてません。

僕もヒゲが欲しいので、リーブ21はヒゲの植毛をやったらいいんじゃないかと思います。工場でヒゲ職人たちが黒い物体からヒゲを作ってそれをきちんとピンセットで並べて店頭に送ります。そしてお店のスタッフはお客さんのアゴに向かって一本一本手作業で刺していくのです。痛みを感じないくらいの細さなのでお客さんも苦痛を感じることはない。3時間後に全てのヒゲがアゴに収まって、お客さんは50,000円くらい払って満足そうに帰る。

そういう仕事があってもいいかもしれない。でもあまりに高いから僕は行かないけど。

ぼくとノミとジョン

覚えている限りで、僕がノミを初めて見たのは小学生の時だったと思う。

当時ちょうど父方の祖父母が僕の住んでいた家で一緒に住むようになった時だった。

それで祖父母が田舎で飼っていた犬を連れてきたのだ。

名前は「ジョン」と言って柴犬に似た雑種のオスだった。もともと祖父母の家に遊びに行くたびに可愛がっていたのもあって、僕と妹はすぐにジョンに慣れた。

母は姑と暮らすようになったわけだけれど、ジョンのおかげでどこかリラックスしているように見えた。

 

あれ、何の話だっけ。

 

思い出した。

そう、僕がノミを見たきっかけはもちろんジョンだ。外で暮らすジョンにはノミやダニがついてしまう。しかし僕は当時それが何なのか分からなかった。

だから、庭にいた祖母に聞いたのだ。

 

「おばあちゃん、これ何?ジョンについてるの」

「あら!いけないわねえ。虫がついちゃって!今取ってあげるから!」

 

そこでおもむろにジョンに近づいた祖母はノミとダニを素手でパッととると、地面に置き、サンダルの底で踏みつけたのだ。祖母が踏みつけた足をどけると、そこにはジョンの血をたっぷり吸ったのか、血が飛沫のように散っていた。そして潰れた虫。

僕が顔を引きつらせていると、祖母は

 

「これで大丈夫よお!アハハハハハハハ!」

 

と去っていった。僕は生まれて初めて犬に同情した。

 

それが僕とノミの鮮烈な出会いであるが、ジョンはこの後21歳まで生き、亡くなった。最後にはろくに動くこともなくなり、ドッグ・フードもほとんど残してしまっていて高校生になっていた僕は、やり場のない寂しさを感じていた。

彼は亡くなったけれど、僕の中に彼の舌のざらつきと獣独特の匂い、そしてノミのトラウマを残してくれた。

 

 

さらに月日が経ち、大学生になった僕はついに彼と同い年になった。

そういうわけで、今この文章を書くに至った。