大きな蟻(12/3)

 おいしいものを食べた。お腹いっぱい食べた。
 まず、おっきなかたまりの羊肉が出てきた。六法全書より大きくて重そうだった。肉の真ん中を鉄の棒が貫く。ハンドルが付いていて回しながら焼いた。焼けたら、赤いスパイスをつけて食べる。うまい。何てうまい肉なのか。肉がでかくって、しかもうまいなんて夢みたいだ。本当は夢なのかもしれない。肉汁が口内炎に染みて痛くなった。あ、夢じゃなかった。でも、染みて痛いのに悲しくない。うまさは悲しみを打ち消すのかもしれない。


 大皿料理も出てきた。干し豆腐のサラダみたいなもの、セロリとカシューナッツの炒め物、チンジャオロース、マトンの水餃子、生牡蠣。膨大な量だ。いつまで経っても食べ終わらなかった。しかし、恐ろしいことに全部おいしかった。この世には色んなおいしさがあるんだと思って感動した。ホストクラブに行くとこんな感じなのかもしれない。

 そのあと、ウサギを焼いて食べた。ウサギは鳥みたいな食感でさっぱりしていた。おいしい。いろんな食べ方ができそうだ。
 うさぎってどうやって調達するんですかね? と一緒にいた人に訊いた。ウサギ牧場があるんじゃない? と返ってきた。ぼくはウサギ牧場のことを考えた。青々とした芝生のなかを白くてふわふわしたウサギがぴょんぴょんと跳ね回っている。それもたくさん。広大な敷地内だ。跳ねると白いものがちょっとだけ、見える。時々おたがいに顔を合わせ、匂いを嗅ぎ合う。ウサギたちは、食べるために育てられているからよく肥えていて丸い。降りたての雪みたいに真っ白でやわらかい。そして跳ねる。ぴょんぴょんぴょん。

 最後にはごま団子と杏仁豆腐。しっかりとおいしい。杏仁豆腐は余っていたから二人分食べた。勝手に二人分食べたけど、おいしかった。


 途中、うしろの席の炭火から猛烈な火柱が上がった。火鉢は長方形だったから、長方形の火柱だ。背中がほんのり熱くなった。火はすぐに消え、今度はもくもくと煙が吹き出してきた。すごい量だった。こんな量の煙が出るところは見たことがなかった。上に取り付けられた排気管でも吸いきれなかった。昔、ドクターペッパーを自販機で買ってすぐ落としてしまったことを思い出した。夏の日、地元の駅の前でぼくの手はべたべたになった。そのままの手で自転車を漕いで帰った。
 煙は店中を覆い尽くし、火災報知器が作動した。ジリジリジリという警報音のなかで、目がしばしばした。やがてセコムのスタッフがやってきた。店内を見回すと出て行った。彼らが来る頃にはもう煙は無かった。

 家に帰ると恋人にコートがとても臭いよ、と言われた。たしかに臭い。きっと煙のせいだった。あれは何だったんだろう。不思議な夜だった。羊を食べ、牧場のウサギを食べ、煙に包まれた。

 実は、今夜はちょっと暖かかったから、一駅前で降りて歩いて帰った。どこでもいいから歩きたかった。