大きな蟻(5/5)

久々に日記に帰ってきた。調子が悪いので、友人宅へ遊びに行くのを断り、14時過ぎまで寝ていた。昨晩はなぜか気持ちが落ち込んでしまい、やけになってカフェインをたくさん摂った(といってもODはしません)。眠れない体になろうと思って、深夜にモンスターエナジーとアイスコーヒーを数杯飲んでパソコンで本を読んでいた。5時くらいに疲れたので横になろうと思っていたら、ちゃんと眠ってしまって朝に起きた。でも調子は悪かったので休んだ。どこにも行きたくないな、と思った。

 

昼過ぎに起きるもまだまだ体がだるく、横になったままスマホをいじる。映画の「ここは退屈、迎えに来て」がそろそろアマプラからなくなるので観てみた。地方にIターンしたアラサー橋本愛が高校生のときのクラスの格好いい男子に会いに行く話。記憶の中での10年前の姿と現在の対比が痛い。スクールカーストの描写も私は苦手なので、これまた痛い(酷いいじめはなかった)。また、やたらラブホの場面が多く、「地方って暇だからセックスしかやることないのよ」という山内マリコの声が聞こえるようだ。私は北関東の地方都市出身なので、地方の悲壮感のある様相はちょっと分かる。ゆえになんだか悲しい気持ちになってしまうのだ。

そういえば、「あのこは貴族」でも、水原希子の実家は富山だったし、本人が富山にゆかりでもあるのだろうか。

両者において上手だなと思うのは移動手段の用い方だ。「あのこは貴族」ではタクシー、「ここは退屈、迎えに来て」ではマイカーでの移動が中心である。ここにリアリティーがある。時おり高校生の若さであったり、女性同士の連帯を描くために自転車が用いられ、それも巧みだな、と感じる。原作にあたっていないので小説では違かったら誤りであるが。

観ながらランチパックとかっぱえびせんで遅めのお昼。かっぱえびせんは、一晩中開けっ放しだったので、しけっている。

 

それから返信してなかったメールやLINEを返す。本を読む。ネットサーフィンをする。

今日は別の家にいたので、同居人たちが帰ってくる。なんだか疲れている様子。私は話を聞きながら夕飯なんにしようかな〜と考える。せっかくゴールデンウィーク最後だし天気も悪かったから、テンションのあがるものにしたい。しかし米を炊くのもだるいくらいである。ふと、焼き肉にしようかな、と思いついた。焼くだけだし、テンションもあがる。肉が食いたい。雨だけど、近所のスーパーまで買い出しに行く。久々に5lackの曲が聞きたくなって、iPhoneから流してみる。世代じゃないけど、なんだか懐かしい。なんで5lackのことを思い出したかというと、昨日の「大豆田とわ子と三人の元夫」の4話の主題歌で、Daichi Yamamotoが「hot cake」を彷彿とさせるラップをしていたのだった。これ絶対5lackの曲だ! と思い、聞き返したのだった。

 

私は、こういう何もないような日に日記をつけるのが好きなのだ。だって、何にもしてないのに何かをした気持ちになるし、こういう日こそ心に余裕がある。

最近は民藝についてちゃんと勉強したいな〜という気持ちが強い。『民藝とは何か?』は読んだが、私は結局分かっていないのだ。だって、その本のなかで宗悦はこれは良し、これはダメを繰り返して民藝品を讃えるだけで、結局その背景となる思想については書いてくれなかったように思うのだ。民藝運動というくらいなのだから、それはムーブメントで、主張がある。たぶん、私が生きるうえで土台にすべきものはここにあるのだ。これからやろうとしていること、つまりはデザインにしろ執筆にしろ編集にしろ、そのすべては一つの本質的な考え方に基づくべきなんだと思う。それが生き方と呼べるもので、まだ私が手にしていないものだ。だから私の態度、話すこと書くことは未だに浮足立っていてバックグラウンドがない。

また、同じように、ヒッピーやアナキズムなんかも私の心の欲するところである。それらも勉強して、(人間だけではない)他者に対してどういう風に接していくかをちゃんと考えていきたい。