靴が落ちてた

僕は今日、新栄の大通りを歩いていた。時間はだいたい夜の9時くらいで、完全に日は沈み街灯の明かりと店から漏れる白い光が辺りを照らしていた。

ふと、車道に目をやると、靴が1足落ちていた。
おお、靴が落ちている。
それはシンプルなよくある形の革靴で、右と左の両方が落ちていた。右足は第2通行帯に、左足は第3通行帯に(たしか)。

時々車道に靴が落ちてることあるけど、どんな状況で落としたんだろう。

僕はこうであってほしい。
新しい靴を手に入れたから捨てたのだ。


多分今回の場合は、落とし主は50間近の中年会社員。社内の勢力争いにはついていけず、隅の部署で窓際係長だ。妻子はない。今日は華金だがやることもなく、たまたま通りがかった大須商店街ABCマートでぼーっと靴を眺める。不本意ながら店員に話し掛けられ、勧められるがままにニューバランスの1万円くらいの紺のスニーカーを買ってしまう。彼はニューバランスを買うのは初めてだったが、店員によるとすごく歩きやすいらしい。予想外の買い物だが「どれだけ歩きやすいんだろう」と若干の興奮を感じた。


気分が良くなったので街を歩きながら帰る。右手には靴の箱が入った黄色いビニール袋。歩いていると今履いている革靴がどんどん窮屈に感じてくる。安い靴だがもう3年近く履いている。普段は壊れたら適当に買い換えている。しかし今は軽くて歩きやすい靴を手に持ってる。早く履いてみたい。期待が高まり、足はどんどん窮屈に感じてくる。


そこで、彼は思い切って歩道で新しい靴を履こうと思った。これ以上待つ必要なんてない、
これはおれの靴だ。そして、ニューバランスに足をそっと入れる。ほどよいクッション感と優しく包み込まれる足。彼は感動した。こんなにも優しい靴があるのか!と。視界がひらけた気がした。
今の自分の置かれている状況すべてがバカらしく思えたのだ。上司・同僚からの冷ややかな視線、部下からの皮肉、家庭を持たないことへの蔑視。
思わず彼は手に持っていた革靴を車道に投げ捨てた。こんなもの!


次の月曜日、彼はニューバランスで出勤し、辞表を提出した。