じょんするめ

これはイイムラヒロキによるブログです。

お米を食べるのが上手い

僕はご飯の食べ方が上手い。誰よりも上手い。もしもご飯のワールドカップがあれば、もちろん僕は優勝するだろう。それくらいの自負がある。

よくある話。カレーライスのルー・ライス比率問題。僕は今までルーやライスのどちらかが余りすぎてしまうということがなかった。常に一皿ぴったり食べ終わる。それが僕の美学であり、誇りだ。ある時には福神漬けを駆使し、ある時にはスプーンにルーばかり乗せた。様々な努力を重ねた上に、ジャスト一皿完食が輝いているのだ。

あるいは。弁当のおかず少ない問題もある。弁当のおかずは往々にして足りなくなるものだ。きっと最後に白米のみ食べる羽目になる方も多いであろう。しかし、僕はそんなヘマはしない。必ず磯辺揚げとラスト一口のご飯を口に放り込んでフィニッシュする。そして、漬物と緑茶で口をさっぱりさせて一食を終えるのだ。これも美学。

根拠のないコツを教えます。それはご飯を真っ白なキャンバスだと思うことだ。そしてキャンバスに絵を描くことを楽しめば良い。多くの人は描くのを楽しむことを忘れてしまっている。おかずばかり箸をつけるせいで、お米はないがしろにされるのだ。僕はちゃんと、お米とおかずの調和を楽しんでいる。おかず、おかずと先走らない。だからきちんとお米も口に運ぶことになる。それが最大のコツだ。

みんなもきちんと、お米を食べて欲しい。おかずばかり見ないでください。キャンバスたるお米を見よう。それに尽きる。

毎日書こう(幾度目かの意思表示)

ご無沙汰してます、いいむらです。
すっかり就活を言い訳にして、文章を書くのをサボっていました。サボタージュ男子ですみません。つい、忘れちゃうんです。


僕が人生を生きていく上で、文章を書いたり写真を撮るってことは欠かせないものだと思うようになりました。きっかけがあったわけじゃないけど、自由に自分を表に出せるのってやっぱり気持ちいいなと思うから。文章の勉強もしたことないし、国語の成績も五段階のうちの三だったし、書くのも下手くそなんだけど、楽しいからいいのだ。下手でも楽しいのが趣味になると思っている。


ただ、下手くそなままでいいというものでもない。上手になりたいです。せっかくなら読んでくれるひとに良いものを与えたいと思うんですね。だから、毎日書こうと何回も思ってるんですけど、うまくいきません。いやぁ、ダメだ。継続は力になりそうだから、今回こそ頑張ります。

松浦弥太郎も毎日書けって言ってた。
そんなに好きでもないけど、彼を信じようと思う。

闇金ウシジマくんをちゃんと楽しみたい

闇金ウシジマくんを読んだことはありますか?

実写映画化で有名になったから知ってるかもしれないけれど、人にお金を貸し付ける闇金の社長とそれに関わる堕落した人々の(ほとんどが)暗い話だ。

基本的に鬱になるような話ばかりなのだけれど、僕はどうしてもこれを無関係なものとして笑い飛ばせない。多分人によっては「こんなんおれには関係ないし」「エンタメとしておもしろいじゃん」と思ったりするのだろうが、僕は、ダメだ、ぜんぜん笑えん。

だってどこかで自分と繋がっていると思ってしまうから。自分もそうなっている可能性だってあるじゃないか。

自分たちが今立っているその場所って、頑丈で決して失われないものだってみんな考えてると思う。僕もその感覚はわかる。
でも、案外簡単に、例えば雨が降ったりするだけでガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまったり、もしくはツルッと足を滑らせて真っ逆さまに落ちてしまうかも知れない。
僕が言いたいのはこういうことは想像以上に簡単に起こるんじゃないかってことだ。
そうしたら今いるところに戻ってくるイメージがつかない。こわい。とてもこわいこと。

そういう可能性が頭のどこかにあって、僕はどこか自分の生活を信用しきれていない。
いままでも比較的楽しく暮らしてきてて、幸せだと感じる時も結構あるんだけど、厭な予感みたいのが時々僕の後ろをヒタヒタとついてきてる気がして安心しきれない。お前はいつでも落ちる可能性を含んでるんだぞ、と囁く。

抽象的になってきちゃったのでやめる。


そうはいっても、ご飯食べてる時とか楽しい時は全く忘れてるんで、ぜんぜん問題ない。根は楽観主義者なので、気楽に構えて生きようとしてる。

結局言いたいことは、闇金ウシジマくんをちゃんと楽しみたいな、ってことです。よいしょ!

石橋を叩いて渡る

「石橋を叩いて渡る」ということわざがあります。みなさんご存知の通り、入念に準備をしなさいね、という意味ですよね。

ところで、石橋って見たことありますか?
ウィキペディアで調べたら、日本にあるすべての石橋の数を合わせると46個になりました。
あっ、すみません嘘です。
正確には、石橋の数え方は「本」なので、正しくは46本です。謹んでお詫びします。

さて、僕は石橋を叩いて渡るタイプかと言われると、「昔は叩いてました」というのが一番しっくりきます。
実は僕は小学生の頃に、石橋くんというクラスメイトにいじめられていて、とても彼を憎んでいました。なので、一学期の終業式の日に一念発起して、日本中の石橋にやり返してやろうと思い、全国46本の石橋を叩いて渡る行脚に出ることにしたのです。
それはそれはもう大変な苦労の伴う旅でした。石橋を叩くための鈍器は、大きく分厚く重くそして大雑把すぎたため、「石橋殺し」と呼ばれるに至りました。300kgの荷物を持ちながら日本中を歩いて回るのは文字通り骨の折れることだったと記憶しています。

夏休みをまるまる費やし、全ての石橋を叩いて渡り終えた僕は以前とは見違えるほどの立派な体つきになっていました。夏休み明けの、まだ少し浮かれた気分が漂う始業式の日に久しぶりに登校しました。すると、僕をいじめていた石橋くんは、僕の異形とも言える筋繊維の集まった肉体を一目見るや否や何処かに行ってしまいました。
それ以降、僕がいじめられることはなくなりましたとさ。

というのが僕の石橋を叩いて渡るエピソードです。ちなみに夏場に石橋を叩くととてもいい音が鳴るんですよ。試してみてくださいね。

春の雨

こんばんは、もしくはおはようございます。
今日は僕の住んでいるところでは雨の予報です。

最近寒さが和らいできてとてもありがたいのですが、春でも雨が降ると急に寒くなってしまって参っちゃいますね。春の雨というと、なんとなく桜が散っている様子がイメージとして頭の中を流れて行きます。みなさんはどんなイメージを持っているのでしょうか?

そして、僕の中ではもう一つ強烈なイメージがパッと思い起こされます。それは「永谷園の麻婆春雨」のCMです。今はこれを書いていますが、一方脳内で和田アキ子が「ながたにえんのーまーぼーはるさめ〜」と歌っています。延々と歌うのをやめないのですこし困っています。

これを書くにあたって永谷園の麻婆春雨のCMを見てみたのですが、驚きました。もう和田アキ子はCMに出ていないんですね。じゃあ一体誰が出ているのかというと、玉木宏さんとお相撲さんの照ノ富士関、それと小島瑠璃子さんでした。玉木宏さんは豪快に春雨をすすっていましたし、照ノ富士関も美味しそうな顔をしてご飯を食べてました。小島瑠璃子さんは調理をしてくれていました。

でも実際のところ玉木宏さんは麻婆春雨なんて食べなさそうだし、照ノ富士関もお相撲さんなのできっと春雨は食べないだろうなと思いました。小島瑠璃子さんだけ、不思議と春雨に似合っていたので、僕は小島瑠璃子さんにあと三十年くらい出演し続けてほしいですね。いやそれにしてもこうやってジェネレーションギャップって生まれるんですね。とたんに老けた気分になります。


ちなみに僕はむかし麻婆春雨が好きではありませんでした。が、高校生の時に突然美味しく食べれるようになりました。大人になりました。

ヒゲを生やしたい

こんにちは。今日もいい天気ですね。
にもかかわらず、今日も僕はヒゲが生えません。

ところで、あなたはヒゲが好きですか?
僕はそんなに好きじゃないです。そり損ねると切れて痛いし、時々色白の顔に青っぽく残ってしまう。少し伸びたらじょりじょりするし、伸びすぎたら不潔だから。

でも、ヒゲを生やしてみたいとは思います。僕にとって、ヒゲはかっこいい大人のシンボルで身の回りの見習いたいかっこいい大人たちはヒゲを生やしている。あと、読んでてかっこいいと感じる雑誌にも、ヒゲを生やしている人が多いので、僕がシティボーイになるためにはヒゲが必須です。

ですが、僕はヒゲがほとんど生えません。以前、ロシアに二週間くらい滞在していた時にせっかくだからヒゲを剃らずにそのままにしていたのに結局あごひげは1センチも生えませんでした。

父もそれなりに生えていたと記憶しているんだけどなぁ。ちなみに母は生えてません。

僕もヒゲが欲しいので、リーブ21はヒゲの植毛をやったらいいんじゃないかと思います。工場でヒゲ職人たちが黒い物体からヒゲを作ってそれをきちんとピンセットで並べて店頭に送ります。そしてお店のスタッフはお客さんのアゴに向かって一本一本手作業で刺していくのです。痛みを感じないくらいの細さなのでお客さんも苦痛を感じることはない。3時間後に全てのヒゲがアゴに収まって、お客さんは50,000円くらい払って満足そうに帰る。

そういう仕事があってもいいかもしれない。でもあまりに高いから僕は行かないけど。